森博嗣と島田紳助の共通点 映像イメージと表現
森博嗣と島田紳助の共通点
森博嗣と島田紳助には共通点がある。森博嗣は作家で島田紳助は(元)芸人だ。性格はまるで違うだろう。
共通点は表現者であるということ。言葉で他人を楽しませることに秀でていることだ。
イメージの言語化
彼らは頭のなかのイメージをスムーズに表現できる。森博嗣は小説を一日二時間、二週間程度で完成させるという。(タイトルを決めるのに半年くらい時間をかけるらしいのでその際に頭のなかでイメージをふくらませていると考えられる。)
島田紳助はスムーズに、噛むことなくしゃべることができる。聞き手に話をイメージさせることに長けている。
イメージの映像化
彼らの共通点は頭のなかのイメージを映像として見ながらそれを説明しているということだ。映像化されているから迷いなく言語化できるということだ。森博嗣は新書などで映像を言葉に落としこんでいることを書いているし、島田紳助も松本紳助という番組で話しのコツを説明するときにそう話していた。さらにいうと、同じ番組で松本人志も同じような方法で話しているという。つけくわえて、「紙芝居で話すとしたらどの場面を映像として抜き出し、それを言葉にするか」ということをかんがえているらしい。無駄なところを省き、肝となる部分を残して構成しているわけだ。こういう作業を一瞬でやっているのだろう。もちろん、何度も話したりネタとして作る場合でも同じような工程を踏むと思われる。
インプットの時も映像化している
面白いのは、彼らが自分の中のイメージを表現するときだけでなく、他人の言葉をインプットするときも同じくイメージを自分の中で創りだして咀嚼しているということだ。森博嗣は本を読むときはその言葉を自分の中でイメージとして構築しながら読むため大変時間がかかるという。その代わり、それは自分の体験とほぼ同レベルで残るため忘れることがないらしい。
島田紳助も話を聞いていると自分の中にイメージを作るらしいが、そのイメージを自分で動かして一人で笑ってしまうということがあるらしい。
イメージのトレーニングはできるか?
私なんかは本を読んでいてもその文字を読んでいるが映像を思い浮かべるということはあまりない。話を聞くとなるとある程度想像しているかもしれないが右から左ということもしょっちゅうで結局理解できないことも多い。森博嗣や島田紳助はその道のプロである。しかし訓練してそうなったというよりは意識せずともそうしていたように感じた。島田紳助は人に道を教えるトレーニングをするといいといっていた。「◯◯に△△があるからそこを曲がって」など、頭に映像をイメージしながら言葉にするのだ。
松本人志のトークなどを聞いていると話の途中で適格な喩えを一瞬で発する場面が多いがそれも話を映像として頭のなかに写しだしているから出来る芸当なのではないか。極めて端的な言葉なので聞き手は一瞬でそれをイメージすることが出来てしまう。シンプルかつスピーディーで意外性があるため非常に面白い。
漫画なんかは自分の頭のなかで映像化する必要がないため気楽に楽しめるわけだが、小説をもっと楽しみたいのならば文字から自分の頭のなかのイメージをふくらませてそれを見るということを意識してもよいかもしれない。