何事も楽しむメンタルがほしい ゲームと現実

辛いことも楽しむメンタルがほしい。
大して面白くないことでも楽しむ。
何らかの目標を作ってそれに向かっていく過程が楽しいのだろうか。
単調だろうが自分の限界を試すみたいな。
そういう考え方は理解はできるが自分はできなさそうだ。
それでもできるようになりたい。羨ましいわけだ。
多分私は「出来ない自分」を見たくないのだろう。
そして出来ない自分になる確率が高いと踏んでるのだろう。
自分への要求が高いが評価が低い。
完璧主義者だが努力嫌いだ。
ギャップを埋めるために努力をしなければならない。
だめでもいいなら目標など無意味になる。
ダメな自分を見ても何も思わないのか。
楽しむ人はどうなんだ。ダメだったとき、何を考えるのだろう。
楽しむ方法が違うのか。
新たな発見が楽しいか?
楽しさとは何だ?
楽しさを求めているか?
私は「楽」のほうが好きだ。楽しいよりも楽なほうがすきなのだ。
楽しいけど辛いより楽しくはないけど楽な方がよろしい。

最近ゲームをしなくなった。
ゲームなんてのはクリアすることに大した価値はない。
ゲームをクリアする過程が楽しいからやっているだけだ。
そういう感覚を現実に持ち込んだら楽しいのかもしれない。
ゲームを楽しんでた頃はそう考えていたのかもしれない。
今はゲームをやってて虚しくなることがある。これをクリアして何になる?
こういうことを考え始めるととたんにつまらなくなる。
そういうことなのかもしれない。
だからといって自分の心を制御できない。抑えたら反動が来るだろう。
結局は自分が何に価値を置くのか。それを探さなければならない。
他人の楽しみ方を参考にしてはいけないのだろう。
それほどまでに価値観は多様だし、変化するのだ。

今は追われている。
先行逃げ切りが理想だが、もうスクロールが迫ってきている。
大きなリードが必要だ。
余裕かあきらめか、どちらかがあればゲームをやれる。
ゲームを楽しめ。

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